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椎間板ヘルニアは早めに切りまSHOW その2 手術

からだと健康

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そして手術へ……

先生にMRI写真を見せ、ヘルニアの具合は重篤ではないのですが自覚症状が強いため手術となりました。

先生「入院はいついつこれこれなので、3週間後に来てください」

え……あと3週間我慢するの。しょうがないですが。

入院期間は一週間チョイ

事前に手術方法についてインターネットで調べたら、1泊2日入院・内視鏡手術のPED法という手術があるというのでそれを期待したのですが、7泊8日入院コースとなりました。

今回は内視鏡手術で全身麻酔ということでしたので、MED法の方だと思うのですが、肝心な詳細は聞けていません。その時は腰が痛かったのでそれどころではなく……。

DAY1

午前中に手術でした。

荷物揃えて向かい、手術着に着替えます。手術台に寝て、麻酔のマスクを付けます。

麻酔医「すぐ意識がなくなりますからねー」プシュー

俺「絶対我慢してや……」3秒後意識消失。

そして目覚めると、すべてが終わりベッドに寝かせられていました。嫁いわく死んでいるかと思うくらい体温が下がっていたとのこと。怖いですねー。腕には点滴です。

しばらく寝ていると麻酔が切れてきたのか、腰に鈍痛が走ります。また、腰が非常に重く感覚がなく動きません。

そして股間部の違和感。

感覚が戻るに連れて、オムツが付けられており、かつ○コチンにカテーテルが刺さっていることに気づきます。い、いつの間に。三十路男なのに。恥ずかしい。

で、更に麻酔が切れてくるにつれて疼痛が出てきます。これがムズムズするのと、姿勢が変えられず非常にもどかしいです。更にカテーテルによる排尿感が寝小便のようで気持ち悪くこれが1番厳しかったです。

結局、疼痛と体の自由が効かないので満足に寝付けず、悶々とした一夜を過ごしました。

DAY2

ネットだと2日目からトイレ行けますという情報もありましたが、私は無理でした。やっぱ腰をえぐるっていうのはダメージ多いのですね。

昼ぐらいから腰の感覚が戻ってきて、定期的に体の向きを変えてもらいます。が、痛い。カテーテル気持ち悪い。誰か助けてという鬱々とした時間を過ごします。

ただ、夕方か夜くらいには腰の感覚がだいぶ戻り、カテーテルを抜いてもらい、オムツを取ってもらい、ガチガチのコルセットを付け、おぼつかない歩行でトイレに行くことが可能になりました。

この夜、多少は寝ることが出来ましたが、基本痛がっている以外何もやっていないので眠れませんでした。

DAY3

このあたりで久しぶりにシャワーを浴びることが出来ました。

3日くらいシャワーを浴びないと髪がテッカテカになってギットギトです。生き返るような気持ちで水のありがたみを享受しました。

ここからの日々は、何度か病院内外を歩行してリハビリをすることになります。痛みのあった左足をかばうように歩く必要もなくなり、非常に快適です。

が、あんまり距離と時間歩くとダメなので基本は暇です。ですのでずっとスマホでFF3やってました。

当然、ろくに何もしていないので夜眠れず。

DAY4~DAY7

ここからは基本リハビリとスマホ、2日に1回シャワーの繰り返しです。同僚が見舞いに来てくれて、エロ本を置いていってくれましたが多人数部屋でこれをどうしろというのだ。

疲れていないので夜は眠れず。

DAY8

退院です。この頃にはすっかり歩けるようになり、太い針金が左足にめり込んでいるような鈍痛はなくなっていました。2ヶ月ほど新幹線移動や運転などの長時間座位は禁止という条件付きですが、無事に退院できました。

FF3はDAY5くらいでクリアしてしまい、暇を持て余していましたので待ちに待った退院でした。

エピローグ

その後90%の痛みはなくなり、長時間のデスクワークも大丈夫となりました。真のリーマン能力解放です(リーマン→社畜へジョブチェンジ)。

ただし、2019年の今でも疲れたりふとした瞬間に左足に若干の疼痛が走る時があります。また、無理をするとぎっくり腰的な腰事故をやってしまうことが多くなりました。

5年くらい長いことへルニアを放置していたので、我慢している間に傷ついてしまった神経が治りきらなかったのかなと思っています。

ということで結論としては、椎間板ヘルニアの自覚症状が生活に支障があるくらいに出ている場合は早めに手術した方が後遺症もなくスッキリ治って良いと思います。

そして2021年ヘルニコア手術を経て、2023年、3回目の手術へ……

10年前より進化した腰椎椎間板ヘルニア手術を受けました

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